capriccioso

気まぐれに

2025年11月4日 ショートケーキ

7時ごろ目を覚ます。誰も起きている気配がないので、もう少しだけ、と目を閉じて、気づくと8時。それでも誰も起きていない。どうやら夜更かしをしたらしい。8時半ごろになると流石にお腹が減ってきて、耐えきれずリビングへ移動した。

姉を起こしてしまったようで申し訳なさが募るが、一人で朝ごはんを食べられない私はほっとして、朝食の準備に取り掛かる。昨日のパンにバターをつけてつまむ。しばらくカフェインは控えていたが、パンにはコーヒーだろうとコーヒーを淹れた。

ガリガリと豆を削る音。たちのぼる湯気。溢れてしまわないように、細く細く湯を注ぐ手の緊張。何もかもが懐かしかった。いつもは父に任せきりだけれど、二人分くらいなら頑張れるかもしれない。本当なら父に淹れてあげるのがこの年の娘だと思うが、どうも甘えてしまう。

今日の予定は姉とカフェに行ってケーキを食べること。他にも友人に会う機会がありそうだったが、家族以外の人に会うことが何故か負担に感じられ、また次回ということにさせてもらった。友人に会うにも元気が必要だということを、うつになって初めて知った。

姉と出かけることさえ、家族の後押しなしに実現しなかったろうと思う。仕事をせず、遊んでばかりいて良いのかという思いが常にある。そういうときは決まって嫌な夢をみて、見えない自分に叱られているような気分になる。

姉に手を引かれるようにして、カフェに向かう。電車で本を読む集中力はまだなく、スマホをいじっては、電車の揺れに酔って気持ちが悪くなる。そうなると風景を眺めていることしかできない。幸いそれほど遠くない場所だったので、なんとかやり過ごせた。

お気に入りのカフェはいつ行っても人々が穏やかで、時間がゆったりと流れている。お目当てのタルト・タタンとショートケーキ、昼食にサンドイッチとキッシュを頼んで、ようやく一息つく。のろのろしているうちに誰かに頼まれて無くなってしまうのではないかという焦りで一気に注文してしまった。この数年で色々なものを失ったけれど、食い意地だけは健在である。

頼んだものはどれも美味しかったが、やはりショートケーキは格別だった。クリームとスポンジの美味しさだけで、天にものぼるような気分になった。甘さ控えめで羽のように軽い生クリーム、形を保っているのが不思議なほどふわふわと柔らかいスポンジ。こんなお菓子を作れたらどんなに幸せだろうと思いながら、到底作れるはずのない私は、作り手に感謝しながら平げた。

あまりにも美味しくて、帰りにお土産用のケーキまで買ってしまった。甘いもの食べ過ぎかしら、こんなものを買っていったら怒られてしまうかしらとおどおどしながら、次の瞬間には「これください」と言っていた。

家に戻ってきて幸せを噛み締めていると、あっという間にカウンセリングの時間である。カウンセラーさんに月に1回話を聞いてもらうということをここ数年続けている。上手くいかない日もあるが、今日は最近の気分の落ち込みがかなり軽減するような良い時間だった。

久しぶりに明るい気持ちでブログを開く。明日までに読まなければいけない本にはほとんど手をつけられていないが、明日できることは明日やるという恩師の教えにしたがって、今日のところは眠りにつこうと思う(おそらくそういう意味ではない)。今日食べたショートケーキくらい軽やかに人生を生きられたらいい。明日もこの気分が続きますように。

2025年9月6日 大波

6時ごろ目を覚ます。場所を移動し7時ごろまでごろごろ。

母が凝った朝食を用意してくれた。

最近はじめたゴルフの練習に行く。今日は調子が良く、嫌な流れをおさえることができた。まだまだ右にばかり飛ぶけれど。

ピアノを少しいじる。相変わらず弾けないが、何も考えずに済むのがいい。

練習を積む元気はまだない。それでも触れているだけで、何かできたような気になる。

お腹が空いて、近所のカレー屋に行った。10年以上ぶりだが、相変わらず美味しかった。

やや甘すぎる気がするが、この甘みがクセになっているのかもしれない。

満腹になり、うたた寝しながらSNSを覗く。

平日も休日もないような生活だが、それでも休日はだらだら過ごしても罪悪感がない。

あっという間に時は過ぎて夜はコンサート。

久々に音楽に触れて感じることが多い。

 

ここまでは実に順調だったのに、突然大波がやってきた。

死にたくて死にたくて仕方がない。

体が固くなる。

こういうとき、横たわってじっとする以外に対処法を知らない。

死にたいなんて漏らしたら驚かせてしまいそうだし、かといって流されてもそれはそれで立ち直れなそうだし。

ただひたすら耐える。

波に飲み込まれないように、ベッドにつかまる。

一番症状がひどかったときは、毎日がこんな感じだった。

ベッドにつかまってじっとしていることだけが、生きるためにできることだった。

いまでも時折こういう波がやってくる。

ひどいことばかり考える。

こんなことになったのは誰のせい?どうして一緒に向き合ってくれないの?

自分の特性のせいと分かっていても、誰かを責めたくなる。

変なことを口走らないように、必死に口を閉じる。

目を閉じる。

明日になったらましになっているといいな。

波が過ぎ去ることを信じて。

 

#日記 #純日記

 

2025年8月30日 締切

7時に目を覚ます。もう少し粘ろうとゴロゴロして、結局7時半に起床。

身を起こすのに午前中いっぱい費やしていた以前に比べれば、随分すっきりと起きられるようになった。

平日は6時起きである。信じがたい変貌ぶり。

 

とはいえ、自発的に早起きしているというよりは、朝ごはんを人と食べたいという強い希望により、早起きせざるを得ないというのが正しい。

きちんと寝て、きちんと食べること。それが何より大事だと頭では分かっていても、一人でご飯を食べる元気はまだない。とりわけ朝となると、難易度は格段に上がる。

 

何かしらの強制力があれば、生活を変えることができる。意志の弱さを環境によって補う。一つの有効な対処法に思える。

ただし、仕事となると全く別である。現に、明日迫る締切仕事に今日まで何一つ手をつけられていない。

前回の締切もそうだった。締切日になって泣く泣く始めて、ほとんど何も手を加えることができないまま提出した。

毎日少しずつ作業すれば、締切日の精神的負荷が軽減するであろうことは理解している。たとえそれができなくても、何とか満足できるくらいのクオリティで提出することが以前ならできた。

 

今は、それすらできない。

できないを通り越して、それから逃れることに日常のすべてを犠牲にしてしまう。

いざ手をつけようと机に向かうと、大変な痛みが襲ってくる。

精神的な痛みとなって現れるときもあれば、身体的な痛みとして現れるときもある。

 

今日はひたすら胸が痛かった。呼吸がうまくできない。それから逃れてXを眺めているときだけ、痛みを忘れることができた。

やらなければならないことは整理できているのに、実行ができない。

脳が考えることを拒否している。

ただ手を動かすだけの気力もない。

ひたすら心が、体が痛い。

 

うつを治すには、ひたすら休むこと、とよく言われるが、もうすでに2年近く、情けないほどに休んでいる。

それでも何も頑張ることができないという現状が何より耐え難い。

しばらく影を潜めていた希死念慮が襲いくる。このまま治らなかったら、一生保険にも入れず、パートナーを見つけることもできず、家庭を持つこともできないのではないかという不安とともに。

この痛みを、情けなさをどう扱っていいかわからない。

 

全てを諦めて眠ることすらできず、久しぶりにブログを開いた。

苦しいながらも文章を書けた時期がわずかでもあったことに少しホッとする。

再び書いてみようと思って、ここまで書けただけでもマシかもしれない。

いつか本業でも、締め切りなんてなくても書けるほどの元気と情熱を取り戻せたらいいなと思う。

今は何もわからない。痛みに耐えながら、何か作ってみるしかない。

2025年4月18日 起床

6時に一度目を覚ます。はっきりと目覚めた感覚があったが、昨日の就寝時間を思い、再び目を閉じる。7時ごろに再びアラームが鳴り、もう一度目を覚ますが、今度は眠気が引かず、また目を閉じる。

結局身を起こしたのは、11時ごろだった。9時ぐらいから目は覚めているのだが、なかなか身を起こす気になれない。Xをぼうっと眺めては、目を閉じる。午前中をこうして浪費することがすっかり習慣化してしまった。

まるでベッドだけが安全な場であるかのように、体がベッドから離れない。そこにいる間は、特別悲しいとか、苦しいとか感じることはないのだけど、離れようとすると、重力に引っ張られるように、気持ちが重くなる。

それでも、うつが酷かった頃より気分は大分ましで、ただ午前中を浪費することに少しの罪悪感を覚える程度である。ベッドから出たいと思えない。まだ日常生活を送れる状態ではないということなのだろうと理解している。現状を受け入れることと現状に甘んじることの違いは、まだわからない。

昼はなんとか起きて、わかめうどんを作った。久しぶりの出汁が体に染み渡り、少しだけまともに生きられているような気がした。午後はYoutubeで動画を見る。最初は意地でもチャンネル登録をしたくなくて避けていたが、最近は諦めがついて、ひたすらアルゴリズムに身を委ねている。

動画を見るのにもいずれ飽きてしまって、再びベッドに戻る。少し眠たくて、仮眠をとろうと20分後のアラームをセットする。気づくと2時間経っていた。昼寝するときは大抵、短く深く眠ることなどできなくて、半分寝ていて、半分起きているような状態が続く。微妙に不快な夢を見ることが多い。

再びなんとか身を起こしてYoutubeに戻る。だんだんと面白くなってきて、自分だったらどんなチャンネルを運営するだろうか、とか考えてみる。いや、動画は撮る機械もないし、まだInstagramの方が向いてるかも、とか思い巡らしているうちに、本格的にSNSを運用してみるのはどうかと思い立つ。収益目当てである。

実現可能性は低くとも、色々考えてみるのは面白いもので、きちんとリサーチをするためにパソコンを開こうと思い立つ。どうやってまとめるのがいいかと悩んでいたら、Notionの存在を思い出した。体裁を整えたはいいが、運用にはほど遠く、ついには忘れ去っていた。

あれこれいじっていると、そうだ、新学期だし、目標を立てようということになり、目標ページを作り始めた。ネット上のテンプレートをダウンロードしようとしたが、うまくいかず、結局真似して自分で作った。些細なことだが、久しぶりに何か行動を起こしたという気がする。YoutubeとX以外の。

それで気を良くして、ブログまで開いてみることになった。日付を見ると約1年ぶりの更新になるらしい。自分の自堕落さにほとほと嫌気が差すが、また戻ってこられたというだけで、まずは良しとしよう。

久方ぶりに明るい気分で夜を迎えている。一日何もできないでいることの苦しさといったらない。人はそれを怠惰というのだろうが、こちらはこちらで必死に生きているつもりなのである。

いつ人並みになれるかわからない。それでも一歩ずつ、前に進んでみたい。できることを増やしていきたい。ようやくそれが喜びとして感じられるようになってきた。

2024年4月22日 かたち

このごろ、小説とか、詩とか、随筆とか、テクストの纏う形に敏感になった。

幼い頃、小説は私の逃げ場だった。

振り返りたくない過去がもたらす罪悪感、生きることに対する同級生との温度差、ずいぶん長く思えたこれからの人生。

小説を読んでいるときだけは、それら全てから逃れ、人目を気にせず息をすることができた。
深い海に潜るように没頭し、このまま浮上せず、この世界に浸っていたいといつも思っていた。

あるときは主人公に強烈な"わたし"を感じ、あるときは、"わたし"がどこにも存在しない世界を楽しんだ。
そうするうちに、私は輪郭を保ったまま、空っぽになっていけるような気がした。

 

去年の夏、詩に出会った。
そこそこまともに生きていると思っていたけれど、詩の言葉はあまりに眩しかった。
詩は生きたいと願う人の言葉だと知った。けれども、私はあまりに死を願いすぎていた。
見知らぬ生物を観察するように、わたしは詩を眺めた。


書くことが私を生かしてくれるかもしれないとペンを手に取ることさえあった。
日の光からこぼれるようにして生まれた一篇の詩は一縷の希望となったけれど、そのような瞬間が訪れることは二度となかった。

 

今のわたしになじむのは、随筆ばかり。エッセイは全ての人の日常に寄り添ってくれる。
失われかけた日常を取り戻そうと、バラバラになったパズルを埋めるように、それぞれのピースの形を眺めたり、全体を俯瞰してみたりしている、この頃。

ひとが日常について語る言葉は、そうした行為ひとつひとつを支えてくれるような気がする。

朝になってベッドから起き上がり、ごはんを食べて、一日の活動を始める。作業に没頭しては、昼ごはんを食べ、また作業に舞い戻る。

そのどれもが当たり前ではなくなってしまった今。

日常のなかの些細な気づきを軽やかに語ってみせる随筆は、私にささやかな勇気を与えてくれる。
なんでもない日々を味わってみようという勇気。

何もできなくなった自分を許してみようという勇気。

いつか、パズルのピースがぴたりとはまる日が来るかもしれない。

希望を抱くには勇気が必要。

見知らぬ人の日常にそっと耳を傾けながら、今日一日を生きる。

明日、少しでも新しい私になれるよう願いながら。

言葉の世界はかたちを変え、いつもわたしを支えてくれている。

2024年2月20日 記録3

穴に落ちたみたいだ。

急に嫌な思い出に引き戻されて、なかなか抜け出せない。

ずいぶん前のことで、彼らがしたこと、取った態度が本当に不当なものであったか、客観的にどうか、は分からないのだけど、ともかく嫌な思い出としてわたしの中に刻まれており、この数年、忘れた頃にひょこりと顔を出す。

不調の原因の多くを占めているように思えるのだけど、実のところこの記憶をどう扱っていいかわからない。

薬が効いているようで、深く落ち込むことはなくなったのだけど、不意に連絡があり、また元に戻ってしまった。

 

断るということが特に苦手だ。

自分がしたいかどうか、よりも、すべきかどうかで判断してしまう。

その時の判断がのちのち重くのしかかってきて、どんどん自己嫌悪に陥る羽目になる。

好きに生きる、自由に生きる、ということが、今の私にとってどれほど難しいことか。

2024年2月2日 記録2

大したことはなかった。

受付をして、問診票を書いて、先生とお話しして、薬を受け取る。

火傷したときの皮膚科、急につま先が痛くなったときの整形外科。手続きにはなんの違いもない。

ただ症状を説明するときだけはもどかしい。

質問を受けるうちに、やっぱり大したことなかったんじゃないか、大袈裟だと思われてるんじゃないかという気がしてくる。

何より、何に困っているか、自分でもよく分からない。

落ち込んだり、動けなくなったり、そういうときは記憶も認識も曖昧だし、もともとはどうかと聞かれると……。はて、どうだったろう。うまく答えることができない。

身体の痛みでさえ(気のせいではないかという疑念ゆえに)説明には苦労するのに、より漠然とした不調をどうやって言葉にすればよいものか。

戸惑ううちに、診察は終わった。

ただ薬をもらいに来ただけだと思うと、少し休まる。
抜本的な解決など、今は望んでも仕方がないだろう。
どこからどこまでが患部なのか、それすら分からないのに。

問診票に、治療を終えたらどのような生活を送りたいかという欄があった。何も思い浮かばなかった。ただ、人並みに生きてみたい。何が人並みなのかも分からないけれど。